岡山藩郡代津田永忠の事績を、岡山世界遺産に !

=岡山世界遺産登録を目指して=

地域開発事業

倉安川の開鑿と上道郡倉田新田の開発
大用水の開鑿を伴った邑久郡幸島新田の開発
三番用水などの開鑿を伴った上道郡沖新田の開発
田原井堰の築造を伴った磐梨郡の田原用水、和気郡の益原用水の開鑿
竹田・中島の荒手の築造を伴った上道郡百間川のなどの築造

文化事業

代表的大名庭園後楽園の築庭
藩主池田家の墓所である護国山曹源寺(正覚谷墓所は国指定史蹟)
閑谷学校(国指定史蹟)の講堂(国宝)・聖堂(国指定重要文化財)・芳烈祀(国指定重要文化財)・石塀・鶴鳴門(国指定重要文化財)など
備前一宮吉備津彦神社

百間川大水尾旧堤

元禄5年(1691)に津田永忠が開発した沖新田を通る百間川の治水対策として、彼が日本で初めて考案した「河口部遊水池+河口水門」システムで、遊水池を囲む堤防が現存しています。現在は、新たに築かれた堤防の居住地側に位置し、延長約500mを残しています。